ホテル・旅館のWi-Fiは大丈夫?パスワードなし客室無線LANの危険性と今すぐできる対策
今や館内Wi-Fiは、宿泊施設にとって当たり前の設備です。「パスワードなしでサクッとつながる」ことを快適さの一部と捉えて、あえて暗号化を設定していない施設もあります。フロントでパスワードを案内する手間が省ける、というのも理由の一つでしょう。
ただ、この「つながりやすさ」は、裏を返せば「誰でも入れる状態」でもあります。宿泊者だけでなく、悪意を持った第三者も同じネットワークに入れてしまう。今回はこの点について、一般論だけでなく、実際に起きた事件や公的機関の資料をもとに整理していきます。宿泊施設のネットワーク整備そのものについては学校・ホテル・自治体のネットワーク工事でも触れています。
総務省が公表している「公衆Wi-Fi提供者向けセキュリティ対策の手引き」(令和7年2月版)には、次のような記載があります。
「Wi-Fiの暗号化を設定しないと、無線区間において通信を傍受されるリスクが高まります。また、暗号化キーを設定せず誰でも利用可能な状態にすると悪意をもった第三者により公衆Wi-Fiを犯罪行為に悪用される可能性もあります」(総務省「公衆Wi-Fi提供者向けセキュリティ対策の手引き」令和7年2月版より)
無料Wi-Fiになりすました偽アクセスポイントが実際に摘発された例もあります。2024年、豪州連邦警察(AFP)は、空港や国内線機内で正規の無料Wi-Fiになりすました偽のアクセスポイント(いわゆる「Evil Twin」)を設置し、接続してきた利用者を偽のログイン画面に誘導してメールやSNSの認証情報を詐取していた男を摘発しました。この事件は2025年11月に実刑判決が言い渡されています。誰でも入れるWi-Fi環境では、宿泊者側から見て「本物か偽物か」を見分ける手段がほとんどないという点が、この事件の教訓です。
先ほどの手引きでは、宿泊施設が名指しで対象に含まれています。「利用者にサービスを提供する宿泊施設や医療機関…といった、公衆Wi-Fiを提供する幅広い方々」に向けたガイドラインであると明記されており、暗号化方式については「WPA2またはWPA3による暗号化を設定しましょう」と推奨されています。
| 状態 | リスク |
|---|---|
| 暗号化なし(オープンWi-Fi) | 通信の傍受・偽アクセスポイントとの区別不可 |
| WPA2/WPA3で暗号化 | 総務省が推奨する現行の標準的な対策 |
手引きには、宿泊施設に関する具体的な脅威シナリオも紹介されています。経費を抑えるため業務用ネットワークで公衆Wi-Fiを提供していた結果、宿泊者のパソコンから事務室のコピー機内のファイルが見える状態になっていた、という内容です。これは、宿泊者向けのネットワークと施設の業務ネットワークが分離されていなかったために起きるケースとして紹介されています。同じ手引きには、宿泊施設の公衆Wi-Fiで通信経路が不正に変更されていた事例もコラムとして掲載されています。
もう一つ、経営者として見落としがちなのが「発信元」の問題です。インターネット上の不正な通信があった場合、まず調べられるのは発信元のIPアドレスであり、その回線の契約者です。オープンなWi-Fiが匿名で悪用された場合、発信元は施設の回線ということになります。
2012年に起きたPC遠隔操作事件では、ウイルスに感染した第三者のパソコンを踏み台に犯行予告が書き込まれ、発信元とされた無関係の4人が誤認逮捕されるという出来事がありました。回線・機器の名義人がまず疑われるという捜査の構図を示した事例です。
また、2015年には、他人の家庭用無線LANのWEP暗号を解読ソフトで割り出して無断使用していた男が警視庁に摘発されています(ただ乗りでの摘発は全国初)。ネットバンキングの不正送金で身元を隠す目的だったとみられています。2017年4月の東京地裁判決では、電波法違反そのものについては無罪と判断された一方、不正アクセス禁止法違反等で懲役8年の実刑が言い渡されました。この判決を受け、総務省は「暗号鍵を割り出す行為等は電波法違反に当たり得る」との見解を示しています。この事件からは、旧式の暗号(WEP)がそれほど時間をかけずに破られてしまうことと、「入口」である暗号化・認証の設定が重要であることの両方が読み取れます。
客室Wi-Fiとは直接関係しませんが、宿泊業界自体がサイバー攻撃の対象になっている事実も知っておく必要があります。2023年以降、国内の宿泊施設が管理するBooking.comの予約管理システムが不正アクセスを受け、予約客にクレジットカード情報を求める偽のメッセージが送られる被害が相次ぎました。観光庁は2023年11月15日に注意喚起を公表しています。この被害の原因はホテル側の端末のマルウェア感染によるものとされており、客室Wi-Fiが原因ではありません。ただ、「宿泊業界は現に攻撃の対象になっている」という事実として、経営者は認識しておいた方がよいと思います。
専門知識がなくても、まず次の5点を確認してみてください。
① 客室Wi-Fiに暗号化(パスワード)がかかっているか
② かかっている場合、暗号化方式がWPA2またはWPA3になっているか
③ ルーターや機器の初期パスワードを変更してあるか
④ 宿泊者用のネットワークと、フロントや事務所の業務用ネットワークが分かれているか
⑤ Wi-Fi機器の管理画面に、外部から誰でもアクセスできる状態になっていないか
この5つのうち、1つでも「わからない」「たぶん大丈夫」という項目があれば、一度きちんと確認しておく価値があります。
「今すぐ全部変えなければ」と身構える必要はありません。優先順位をつけて、段階的に進めるのが現実的です。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| まず確認 | 現状の暗号化方式・機器のパスワード設定を確認する |
| 次に見直し | 暗号化方式をWPA2/WPA3に、業務用と宿泊者用のネットワークを分離する |
| 必要なら更新 | 古い機器を、現行の暗号化方式に対応した機器に入れ替える |
すべてを一度に変える必要はなく、まず現状を把握することから始めれば十分です。電波の届き方や機器の状態でお困りの場合は、無線LANトラブルの原因と解決方法もあわせてご覧ください。
今回お伝えしたかったのは、「今すぐ大変なことになる」という話ではなく、「気づかないまま長年運用されている」という現実です。開業時に設定したままのWi-Fi環境を、その後見直す機会がなかった、という施設もあるのではないでしょうか。まずはチェックリストで現状を把握することから始めてみてください。現状の電波状況を可視化する取り組みとしてAIと一緒にWi-Fiサーベイ支援ツールを作ってみた話もご参考にどうぞ。
WPA2またはWPA3による暗号化が、公衆Wi-Fi提供者向けの手引きで推奨されています。宿泊施設は対象に明記されています。
回線が不正利用された場合、まず調べられるのは回線契約者です。オープンWi-Fiの匿名利用は、施設側のリスクにもなります。
すべてを一度に変える必要はありません。チェックリストで現状を確認し、優先順位をつけて進めれば十分です。
・AFP(豪州連邦警察) Evil Twin事件 起訴リリース: https://www.afp.gov.au/news-centre/media-release/man-charged-over-creation-evil-twin-free-wifi-networks-access-personal
・AFP 同事件 実刑判決リリース: https://www.afp.gov.au/news-centre/media-release/wa-man-jailed-stealing-intimate-material-and-using-evil-twin-wifi
・観光庁 Booking.comフィッシング注意喚起(2023-11-15): https://www.mlit.go.jp/kankocho/page06_000354.html
・日経クロステック 無線LANただ乗り初摘発(2015): https://xtech.nikkei.com/it/pc/atcl/trend/15/1000241/072200006/
・ITmedia ただ乗り事件 電波法無罪判決(2017-04-28): https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1704/28/news071.html
・総務省 公衆Wi-Fi提供者向けセキュリティ対策の手引き 令和7年2月版(PDF): https://www.soumu.go.jp/main_content/000990289.pdf
確認日: 2026-08-21
現状の暗号化方式や機器の設定を確認するところから始められます。まずは今の状態を一緒に確認してみませんか。