録音してくるだけで、報告書になる
きっかけは、大した相談ではありませんでした。顧問先に定期訪問したときの雑談の中で、「外部の会に出たあと、報告をまとめるのが大変」という話が出たんです。
聞いてみると、こういうことでした。職員の方が外部の協議会や研究発表会に出席する。当日は熱心にメモを取る。でも会が終わって園に戻れば、目の前には普段どおりの仕事がある。報告書は後回しになり、数日経ってから記憶と手書きメモを頼りに書き起こす。当然、細かい数字や発言の言い回しは思い出せません。結果、出てくる報告書は「こんな話がありました」という粗い要約になる。
これは職員の方の能力の話ではなくて、そもそも人間の記憶に頼る設計になっているのが原因です。現場でメモを取りながら話も聞く、というのは同時にやるには重すぎる作業です。だったら、記録する仕事だけこちらに預けてもらえないか、と提案しました。
この手の提案でいちばん失敗しやすいのは、現場の負担を増やしてしまうことだと思っています。「専用アプリを入れてください」「フォルダはここに作ってください」とやった瞬間に、続きません。ITに慣れた人が「これくらい簡単でしょう」と思う操作でも、本業が別にある方にとっては純粋な追加業務です。
なので、お願いしたのは録音してくることだけにしました。機材もこちらで指定していません。実際に持って行かれたのは、ICレコーダーとスマートフォンの両方でした。結果的にこれが良かったと思っています。片方が途中で止まっていても、もう片方が残る。長時間の会だと、バッテリーや保存容量の問題は普通に起きます。
ICレコーダーとスマートフォンで同時に録っておくと、片方が止まっていても記録が残ります。もう一つ効くのが置き位置で、2台を離して置くと、片方が拾えなかった発言をもう片方が拾っていることがあります。会場が広い会ほど差が出ました。
あとお伝えしたのは、置き場所くらいです。カバンの中や机の端ではなく、話す人の方向に向けて机の上に置く。それだけで後工程の手間がかなり変わります。マイクが遠い音源は、あとからAIでも人でも復元できません。ここは録音した時点で勝負がついています。
技術の話に入る前に、一つだけ。会議の録音データというのは、参加者の発言がそのまま入っている記録です。名前が呼ばれることもあれば、まだ公になっていない話が含まれることもあります。当日の配布資料も同じです。
だから私は、音源と資料を預かる仕事では、受け渡しの方法と、作業が終わったあとのデータの扱いを先に決めるようにしています。どこに置いて、誰が触れて、いつまで保管するのか。ここを曖昧にしたまま「とりあえず送ってください」とやるのが、いちばん危ないと思っています。
逆に言うと、ここさえ握れていれば、あとは淡々とした作業です。IT顧問という立場で入っていると、この線引きの話を最初にできるのが強みだと感じています。
文字起こしにはWhisperを使いました。OpenAIが公開している音声認識のモデルで、音声ファイルを渡すとテキストに変換してくれます。
OpenAIが公開している音声認識のモデルです。録音ファイルを渡すと、話されている内容をテキストに書き起こしてくれます。日本語にも対応していて、長時間の音源をまとめて処理できるのが特徴です。
今回の音源はトータルで約2時間。これがテキストになるまで、かかった時間は30分ほどでした。人が耳で聞きながら打ち込んだら、2時間の音源で丸一日仕事です。ここだけを見れば、AIの効果は圧倒的です。
ただ、正直に書きます。出てきたテキストは、そのまま提出できるものではありませんでした。
崩れたのは、主に固有名詞と専門用語です。施設の名前、団体名、その業界特有の言い回し。このあたりは、Whisperが知らない言葉を、音の近い別の言葉に変換してしまいます。人の名前も同様です。
もう一つ厄介だったのが、話者の切り替わりです。複数の人が続けて発言する場面では、どこまでが誰の発言なのかがテキストからは読み取れません。発言としては正しく書き起こされているのに、誰が言ったのか分からない、という状態になります。報告書としては、これはかなり困ります。
そして、マイクから遠い席の発言。これは先ほど書いたとおりで、拾えていないものは復元できませんでした。
Whisperが出すのは、あくまで作業の出発点です。そのまま提出すると、誤った固有名詞や誰の発言か分からない箇所が残ったまま、正式な記録として残ってしまいます。AIが短縮してくれたのは「打ち込む時間」であって、「内容を確認する時間」ではありませんでした。
ここからが、いちばん時間をかけた工程です。当日の配布資料を横に置いて、文字起こしと一行ずつ突き合わせていきました。
やり方はシンプルです。配布資料には、必ず正しい固有名詞が載っています。団体名も、発表者の名前も、専門用語も。これを正解表として使い、文字起こし側の誤変換を潰していきます。資料の見出しの順番と音源の時系列はだいたい一致しているので、「いま話しているのは資料の何ページの話か」も追えます。話者が分からない箇所も、資料の登壇者一覧と照らせば相当数が特定できました。
この確認・修正と、そこから要約に落とすところまでで、約120分。文字起こしの4倍の時間がかかっています。ただ、この工程を飛ばしたものは報告書とは呼べないので、削りようがありません。
逆に言えば、資料が手元にあるかどうかで作業量が全く変わります。だから職員の方には、録音と一緒に配布資料も持ち帰ってもらうようにお願いしています。
最後に、Wordで報告書の形に整えました。ここが60分です。
気をつけたのは、全部を平等に書かないことでした。文字起こしを機械的に要約すると、どの話題も同じ分量の「議事録」になります。読む側からすると、これは意外と使えません。園に持ち帰って何を検討すべきかが埋もれてしまうからです。
なので、園内で共有したい話、今後の運営に関わる話を厚めにして、それ以外は流れが分かる程度に圧縮しました。判断の材料になる部分を残し、そうでない部分を削る。この取捨選択は、要約の技術というより、その施設のことをどれだけ知っているかで決まります。月額顧問で継続的に入っているからこそできる部分だと思っています。
| 工程 | 所要時間 | 担当 |
|---|---|---|
| 会場での録音 | 会の時間のみ(音源 約2時間) | 職員の方 |
| Whisperで文字起こし | 約30分 | AI |
| 資料と突き合わせて修正・要約 | 約120分 | 人 |
| Wordで報告書に仕上げ | 約60分 | 人 |
| 合計 | 約3時間30分 | — |
この表を見ていただくと分かるとおり、AIが担当したのは3時間30分のうち30分だけです。「AIで議事録が自動化できる」という話を聞くことがありますが、少なくとも今回のやり方では、そこまで単純ではありませんでした。
それでも意味があったと思っているのは、負担の置き場所が変わったからです。職員の方の仕事は「会場で録音する」だけになり、持ち帰りの作業がなくなりました。そして出てくる報告書は、記憶に頼っていた頃より確実に精度が上がっています。時間が消えたのではなく、記録という仕事が現場の外に出た、というのが正確なところです。
次にやりたいのは、話者の切り分けです。今回は資料と突き合わせて手で埋めましたが、ここが自動化できれば120分の工程がかなり削れるはずです。それと、固有名詞をあらかじめ登録しておいて誤変換を減らせないか。このあたりは次の会までに試して、また結果を書きます。
ICレコーダーとスマホの併用で取りこぼしを防ぐ。カバンや机の端ではなく、話す人の方向に向けて机上に置く。拾えなかった音は後から復元できません。
資料は固有名詞の正解表になります。文字起こしの誤変換を潰す作業も、話者を特定する作業も、資料があるかどうかで所要時間が大きく変わります。
AIが短縮するのは打ち込む時間であって、確認する時間ではありません。人が突き合わせる工程を前提に、スケジュールを組んでおくのが安全です。
録音データも配布資料も、扱いを間違えれば外に出てはいけない情報です。そこの線引きから一緒に決められるのが、単発の作業代行ではなく月額のIT顧問という関わり方の良さだと、今回あらためて思いました。
会議や研修の記録づくり、書類の整理、日々の細かいIT作業。どこまで任せられるのか分からない段階でも構いません。三重県・伊勢志摩エリアを中心に、遠隔でのご相談も承っています。